2006年9月27日 (水)

余白を楽しむ

日々、ポストを開けるとたくさんのチラシが入っています。

マンション購入、宅配寿司、化粧品の新商品、資格のススメ、

これでもか!というくらい、毎日毎日送られてきます。

そのほとんどは、残念ながら僕をスルーしていきます。

英語で言うところの、「SEE」の状態で、「WATCH」までは

なかなか到達しません。

僕という濾過装置を抗うことなくすり抜け、廃品回収のおじさんの

もとへ落ち着きます。

そして一部はパルプとなり、一部は灰となって、行く当てのない長い長い

旅を続けるのです。

しかし、ごくまれに、僕の目に留まるものがあります。

決してマンションが欲しいわけでも、宅配寿司が食べたいわけでも

ないのですが、どうしても注目してしまうチラシなのです。

それは、デザインが優れているものです。

シンプルなんだけど、スッと気持ちの良い脳波を生じてくれる、

胸の透くような意匠のものは、しばらく僕の手中に止まります。

それらに共通するのは、とても美しい「余白」を持っていることです。

その分、主張したいことが明確で、得てして文章も整っています。

余裕を感じます。

どうやら、余白は、作者の心の余裕を表しているのでしょうか。

だからきっと、そこに載っている商品も、心豊かな粋さが感じられるのです。

そんなチラシは、僕のジュエリーボックスに格納されていきます。

本当に、ごくごく、まれなことです。

1年に1回あるかどうかです。

今日はそんなチラシが入っていないかな、と、これからポストを見に行きます。

そう思うときは、僕の心にも余裕がある証拠です。

余白を楽しむ大人になれたら、ちょっと素敵ですね。

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2006年7月17日 (月)

洗濯機くん

洗濯機くん、君はえらい!

ぼくらの家に来てから10年近く、文句一つ言わずに仕事をしてくれているね。

暑いときも寒いときも、どんなに汚れたモノだって、ちゃんとキレイにしてくれる。

ホントに君に感謝しているよ。

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今朝、鈍い音を立てて回っている洗濯機の前で、ふとそんな感情が湧き出た。

彼の点滅するセンサーがぼくに話しかけてくるようだ。

「うん、気持ちはわかっているよ。これがぼくの仕事なんだよ。ありがとう。」

そんなことを言っているようで、単なる電気機器とは思えなくなった。

ぼくは歯磨きをしながら、彼をふと撫でてみた。

ただのプラスチックの蓋に変わりないが、なんだか体温のようなものを感じた。

「いつも、ありがとう。」

そう、心の中でつぶやくと、彼はそれに応えるかのようにボコボコと脱水をし始めた。

なんだか、朝から嬉しい気分になった。

しばらくして、彼は得意気に洗濯終了のアラームを鳴らす。

「お~い、今日もこんなにキレイになったぞ!」

そう誇らしげに、家中に告げるのである。

汚れとともに、心までキレイにしてくれた洗濯機くんに、今日も感謝。

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2006年7月 3日 (月)

おとこの料理

梅雨の時期真っ最中で、毎日じめじめした日が続きますね。

ブログの方も、すっかりご無沙汰してしまいました。

一月ほど前から、ひょんなことで料理にハマってしまって、

今では毎日何かしら作っています。(決して連れに逃げられたのではないですヨ・・・)

この間、主婦の方に混じって、本屋の料理コーナーをのぞいていると、

「ご飯ピザ」という一品を見つけました。

ぼくの拙い短期記憶機能によって、本屋から自宅までの10分間、

脳の中でレシピのことだけでいっぱいにして、歩きました。

時には歩行中に材料の指差し確認をして、目線は虚空を見つめ、

前から来る自転車に無用なブレーキをかけさせてしまい煙たがられ、

はたから見ると、ホントに迷惑極まりない、挙動不審な10分でした。

(あやうく職務質問されそうでした。)

さて、そんなことでできあがったのが、これです↓。

Gohanpizza_2

写真ではお伝えできませんが、なかなかGOODな味です。

ビールに合うのも嬉しいですね。

そんなことで、この夏は「男の料理」を楽しんでみようかな思います。

みなさんの夏バテ解消も教えてくださいね!

では♪

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2006年4月 8日 (土)

自家焙煎 (モカ、トラジャ)

今日の午後も、珈琲豆を焙煎しました。

今回は、モカ・イルガチェフとトラジャ・カロシの2種です。

豆をよく洗って、薄皮を取ります。

未熟豆や虫食い豆もしっかりと取り除いてあげます。

あとは手網を使った焙煎で、好みの煎り具合に仕上げます。

(ここが焙煎の肝です。ぼくもまだまだ修行中です。)

今回は、モカをシティローストで、トラジャをフルシティローストで煎りました。

熱を冷まして、二杯淹れて飲み比べてみました。

○モカ・イルガチェフ (エチオピアの高原)

 すっきりとした酸味と、口の中に広がる香りが爽やかです。

 雑味もなく、キレも良し。鼻にはフルーティな香りが抜けていきます。

○トラジャ・カロシ (インドネシアのスラウエシ島)

 最初に苦味が広がり、次に甘みが覆ってきます。

 ピアノで言うと、左手で苦味、右手で甘みで、口の中で

 気持ちのいい和音が響くようなイメージです。

これからもたくさん勉強して、味覚も磨いていきたいです。

自分でブレンドして、新しい味を発見するのも楽しみですね。

珈琲を飲みながら、そんな夢見る、今日の午後でした。

 

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2006年4月 7日 (金)

眠りの出口

分厚い法律の本と、一枚の座布団で、眠りの世界へ入っていきます。

確実に、3分以内にウトウト来て、あとはなすがままに沈んでいきます。

難解な法律用語は、鍵が掛かっている眠りの扉へのパスワードのように、

あるいは、眠りのための呪文のように、脳裏に響いてくるのです。

いつになっても、開きっぱなしのページは同じところです。

憲法にいう、「幸福追求権」。

そんな単語が、どうやらぼくの眠りへの架け橋の言葉なのかもしれません。

さて、眠りから覚めるときも、ぼくの場合、ドアが待っています。

4つくらいの重厚なドアが、関門のように漠として立ちふさがっているのです。

その4つのドアは、それぞれにある時点のある場所へ、つながっているようなのです。

ちゃんと正解を選べば、目覚めの世界へ戻ってきます。

そんな、ゲームのようなイベントが、目覚めの前に、ファンファーレを伴ってやってきます。

「ようこそ、眠りの出口へ!」

  (という、古びた木でできた看板があります。)

♪ パンパパパ~ン、パパパパ~ン ♪

 (という、トランペットが高らかに響きます。)

ぼくは、いつも数秒考えて、必ず正解の臭いを嗅ぎだし、

やがて瞼が開いて、覚醒の正解へ戻ってくるのですが、

今日は、どういう訳か、間違ったドアに入ってしまいました。

と、その瞬間、ストーンと、足元に穴が開いて、

無重力の闇の世界を浮遊し、ようやく体に重さを感じてきた頃に分かったのが、

十年くらい先の未来でした。

今、1歳半の甥が、そこでは小学校の高学年になって、ぼくとキャッチボールをしています。

二人はとても楽しそうです。

そして、楽しいという思いだけもったまま、その場面は消え失せて、

また4つの扉に戻ってきました。

今度はいつものように、今の世界へ舞い戻りました。

そして目を覚ましてみると、キャッチボールの楽しかった思いは、まだ続いています。

甥の笑顔も、あのときの優しい風も、白いボールの軌道も覚えています。

不思議なことに、手のひらには、ボールの感触が残っているのです。

ぼくは、未来の扉を開いてしまったのかな?

タイムカプセルに入れた楽しい思い出は、ほんとうに十年後の未来にまた出会えるのだろうか。

そんな、何とも不思議な、でもとても素敵な眠りのツアーを終えました。

「幸福追求権」

そのパスワードが、そんな世界へ運んでくれたのでしょう。

やっぱり、眠りのための本は、夢へのおまじない。

頭の中で上映されるロードショー。

タイムマシン仕掛けの、不思議な世界。

果たして、ぼくたちの夢想世界は、どんな「からくり」になっているんでしょうか。

理詰めでは、到達できないようなところなんでしょうね。きっと。

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2006年4月 2日 (日)

ヒヨドリの贈り物

桜も満開で、すっかり春めいてきた今日この頃。

レンギョウの黄色、ユキヤナギの白、ボケの紅色、

モクレンの紫、ハナモモのピンク、とカラフルな季節ですね。

我が家のベランダにも、春到来です。

寒い冬を乗り切った幾多の植物が、芽吹いています。

「どこにそんな力を溜めていたんだい?」

と問いかけてしまうくらい、みんな元気な顔を出しています。

だれにも教わらないのに、春の訪れをちゃんと分かっているのが不思議です。

「あれっ、ここには何も植えていないんだけど・・・」

そんな鉢に、思いがけず、白い花が咲いていました。

図鑑で調べると、タネツケバナという小さなアブラナ科の仲間です。

「だれが植えたんだろう?」

と妻に確認してみても、記憶にありません。

そんなある休日、朝寝坊して窓の外を見ると、

ベランダに二羽のヒヨドリが食べ物を探していました。

そして、あの鉢にうんちをしていったのです。

!!!

そう、タネツケバナは、ヒヨドリが種を運んできたのです。

他の鉢もよく探してみると、カタバミやハコベ、ホトケノザなども、

思わぬところで茂っていました。

ぼくは野草が好きだから、ヒヨドリに感謝しました。

いま、彼らはイチゴとグミを狙っています。

大きいのはぼくらが食べて、少しはご褒美に彼らにあげようかな。

また何かの種を運んできてね。

ベランダは、ぼくとヒヨドリが一緒になって耕した畑。

またこの季節に戻ってきたら、ぜひうちに来てください。

そんな思いを込めて、野草に水を遣るのでした。

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2006年3月26日 (日)

自家焙煎の楽しみ

休日の楽しみは、珈琲の焙煎です。

ガスコンロの上で、フライパンの形をした網で生豆を焙ります。

やがて、「パチパチ!」という音がして、爆ぜ(ハゼ)てきます。

辺りには何とも言えぬ香ばしい空気に包まれ、至福の時間を迎えます。

豆によって煎り具合を考えるもの、また楽しいものです。

今日は、ブルマンブレンドをシティローストで、

モカ・マタリをフレンチローストで焙煎しました。

ベランダに出て、ザルの上で、余分な皮を飛ばします。

春の暖かい風が、珈琲の香りをあたりへ運んでいきます。

さっそく、モカ・マタリを淹れてみました。

!!!

美味い!

フルーティな香りが、産地イエメンへ誘います。

遥か海の向こうの、静かな高原に実っていたコーヒーの豆。

いま、ぼくの手元で、至福をもたらす一杯になりました。

そんな自己陶酔の世界に浸りながら、すっかりマスター気分の、午後のひとときでした。

P3260134-1

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2006年2月12日 (日)

小川のあぜ道

実家の犬と散歩をするとき、いつも小川の岸辺を歩きます。

長さ500メートル、幅1メートルくらいの小さなあぜ道です。

すぐ横を新幹線の高架橋が走る、大都会コンクリートジャングルの中。

そこだけ時の経過が止まってしまったかのようです。

岸はコンクリートで固められることなく、そのまま草が生い茂っています。

ぼくが小さい頃、その小川沿いに3本のクリの木が生えていました。

夏になると、カブトムシを見つけに懐中電灯片手に、ワクワクして通いました。

木を蹴っ飛ばして、勢いあまってその小川に突っ込んでしまったこともあります。

近所の友だちと、一匹のノコギリクワガタをどっちのものにするか、喧嘩をしたことも。

ウシガエルの悪魔の使者のような連奏に、急に怖くなり、泣いて帰ったことも。

新幹線が開通し、はるか頭上を物凄いスピードで疾走する姿にあっけにとられたことも。

いま、思い返すと、その小川のあぜ道は、思い出を奏でるオルゴールのようです。

きのうは、黄梅の香りが小川を包んでいました。

いよいよ春近し、迎春花の彩り。

今日もまた、記憶のオルゴールに新たな調べが加わりました。

ogawa

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2005年12月12日 (月)

星降る今宵

今夜、スポーツジムからの帰路で、空を見上げました。

漆黒のキャンバスに、月と火星が双子座の兄弟星のように貼りついています。

同じ太陽の光を浴びて、月は蛍光色に、火星は橙色に、地球へビームを放っています。

ぼくは、その光線に両目を焦がされ、一瞬、大宇宙を我が身一人で漂う感覚に陥りました。

吸い込まれていくとは、まさにこのこと。

暗黒と無数の星の輝きの世界に、浮遊しているのです。

月と火星がぼくを引き寄せるように、大きな力で宇宙へいざなうのでしょうか。

宇宙。

幼い頃、父が冗談でこんなことを言っていたのを今でも覚えています。

「ジャンプして地面から足が離れたら、お前は宇宙にいるんだ」

ぼくと弟は、そんな子供だましみたいな話を真に受け、ジャンプを繰り返しました。

しかし、だまされた子供は本当に宇宙への憧れを抱くようになります。

小学生5年生の頃、ぼくは星を観るのが日課となり、

自分で凹凸レンズを買い求め、厚紙で手製の屈折望遠鏡を作り、

夜空の観察記録を残し、将来は天文学者になりたいと、本気で思いました。

全天の星座を覚え、一等星の名前を暗記し、図鑑を読破した、あの小学生の思い出。

その、「星が好きだ」という思いが、二十数年経って、

今宵、ふっと沸き戻ってきたような感覚です。

とても懐かしい人に会ったような、温かい気持ちで今満たされています。

これからは星が美しい季節。

ぼくの胸の中に、星降る今宵。

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2005年11月19日 (土)

新そば打ちました。

我が家の秋の楽しみは、そばです。

2年前、会津に転勤していたとき、夫婦でそば教室に通いました。

そば粉100パーセントの十割そばを、失敗に失敗を重ねて、打てるようになりました。

お湯でそばの澱粉を溶かして、つなぎにします。

水でこしをつけて、こねてこねて、のして、切って、

お湯で茹でて、冷水で締めて、今日は温かいお汁でいただきます。

ナメコを加えて、山菜そばのできあがりです。

う~ん!

鼻に抜けるほのかな香り。

こしのある歯ごたえ。

ツルツルした喉越し。

会津の思い出とともに、心も、体もあたたかくなるひと時。

一年ぶりの出会いに、舌が喜びます。

「そばを打つんだよ」

それだけで、人生の幸せのアイテムが増えたような気がします。

まだまだ奥の深いそばの世界。

ぼくたちはその入り口を少し入ったところにいます。

好奇心という懐中電灯をもって、一歩一歩、進んでいきましょう。

二人三脚の、手打ちそば処、清流亭。

今年も、本日開店です^^

soba

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